呪詛返しのご祈祷を初めて知ったとき、私は邪念を飛ばす人をこらしめるためのご祈祷だと思いました。でも呪詛返しは、自分のしていることに気づきなさいよという、気づかせるためのご祈祷なのだと聞きました。また、「邪念を飛ばされたから返しましょう」というものではなく、ご祈祷に入る側(ご祈祷をお願いする人)に、もしよこしまな思いや、相手への憎しみ、怒りがあると、すべてそれが自分にはねかえってくるというご祈祷なのだそうです。
「沙羅のひとりごと」に掲載あるように、去年から呪詛返しのご祈祷が何度も行われました。今回、また沙羅さんが邪念を飛ばされ、その影響の恐ろしさを目にし、私もこの体で体験もしました。本当に怖くて恐ろしくて、邪念の恐ろしさを目の当たりにしました。でも、今回の邪念発覚と私が体験したこと、そして沙羅さんと同居してからのこの一年の自分を振り替えって、自分もいつ、そういった邪念と一緒になってしまうかわからない、絶対そうならないとは決していえないのだと、つくづく身をもって教えられました。邪念やよこしまなものに、何故つけいれられるのか、またそれと関わりのある執着について、沙羅さんと同居してからの私の体験と大きな鍵になる心のすき間について、私の育った環境を例に挙げながら書いていきたいと思います。
「沙羅のひとりごと」に掲載あるように、去年から呪詛返しのご祈祷が何度も行われました。今回、また沙羅さんが邪念を飛ばされ、その影響の恐ろしさを目にし、私もこの体で体験もしました。本当に怖くて恐ろしくて、邪念の恐ろしさを目の当たりにしました。でも、今回の邪念発覚と私が体験したこと、そして沙羅さんと同居してからのこの一年の自分を振り替えって、自分もいつ、そういった邪念と一緒になってしまうかわからない、絶対そうならないとは決していえないのだと、つくづく身をもって教えられました。邪念やよこしまなものに、何故つけいれられるのか、またそれと関わりのある執着について、沙羅さんと同居してからの私の体験と大きな鍵になる心のすき間について、私の育った環境を例に挙げながら書いていきたいと思います。
このたび鑑定の振替えをお願いした皆さまには、こころよくご了解ご協力いただきまして、本当にありがとうございました。ご事情あるなか、ご予約から長くお待ちいただいていた状況ですのに、沙羅さんの体調が第一と、あたたかい声をかけていただいて、本当にありがたかったです。
その後に、お師匠様のご祈祷・調べで邪念が原因とわかり、飛ばしている人物が特定されました。それは沙羅さんの仕事に関係した人物でしたが(依頼者の皆さまではありません)、その邪念は沙羅さんの体に影響を及ぼして鑑定を邪魔し、信頼を壊し、沙羅さんを周りから切り離そうとしているのだそうです。でも、邪念が思うとおりに信頼を失わせ、沙羅さんを周囲から切り離し一人にさせることはできませんでした。(よこしまなものには、逆に信頼や絆といったものが全く理解できないのだそうです。)今もご祈祷は続いています。呪詛返しのご祈祷は、何日間もかかるほか、最初の段階でご祈祷がいつまでかかるかは、明確にはかれないのだそうです。また、ご祈祷に入っている期間でも、相手が飛ばす邪念の強弱で、受ける影響には波があるものだそうです。ただいまは、お師匠様にご祈祷に入っていただいているので、沙羅さんの体調・状態は大丈夫です、皆さまどうぞご心配なく、ご安心ください。 続
その後に、お師匠様のご祈祷・調べで邪念が原因とわかり、飛ばしている人物が特定されました。それは沙羅さんの仕事に関係した人物でしたが(依頼者の皆さまではありません)、その邪念は沙羅さんの体に影響を及ぼして鑑定を邪魔し、信頼を壊し、沙羅さんを周りから切り離そうとしているのだそうです。でも、邪念が思うとおりに信頼を失わせ、沙羅さんを周囲から切り離し一人にさせることはできませんでした。(よこしまなものには、逆に信頼や絆といったものが全く理解できないのだそうです。)今もご祈祷は続いています。呪詛返しのご祈祷は、何日間もかかるほか、最初の段階でご祈祷がいつまでかかるかは、明確にはかれないのだそうです。また、ご祈祷に入っている期間でも、相手が飛ばす邪念の強弱で、受ける影響には波があるものだそうです。ただいまは、お師匠様にご祈祷に入っていただいているので、沙羅さんの体調・状態は大丈夫です、皆さまどうぞご心配なく、ご安心ください。 続
先日より、沙羅さんのお師匠様が呪詛返しのご祈祷に入っていらっしゃいます。7月から、沙羅さんの体調が落ち着かず、日がたつにつれて状態が厳しくなっていったのですが、その原因が人が飛ばしている邪念だとわかったためです。初めて呪詛返し、邪念という言葉を聞かれる方もいらっしゃると思いますが(私も以前は、耳にしたこともありませんでした)、たとえばストーカーのように、自分勝手で人の気持を全く無視したよこしまな思い(邪念)を、他人に向ける人がいます。その邪念は恐ろしいことに、向けられた相手に影響を与えてしまいます。(今回も、私なりにですが、人のよこしまな思いが引き起こすことの恐ろしさを改めて思い知らされました。)呪詛返しは、邪念を発してくる張本人に、その邪念を返し、自分がしていることに気づきなさい、とするご祈祷だそうです。よく、自分がしたことは自分に返るといいますが、通常は徐々に本人に返るところでも、この場合は、短い期間で返ることになってしまうのだそうです。
私の目を通しての今回の状況を、これからお伝えしたいと思います。
私の目を通しての今回の状況を、これからお伝えしたいと思います。
